12月10、11日に 広島へ行ってきました。
ドキュメンタリー映画「にがい涙の大地から」の監督である
海南友子さんが企画したスタディツアーで、
太平洋戦争当時毒ガスを製造していた
大久野島(竹原市)を訪ねるものでした。
大久野島に行ったのは11日。
10日は広島市内の平和公園を見学。
大久野島の話からします。
大久野島に国が「兵器工場」を最初に作ったのは、日露戦争の頃だったそうです。
当時は、産業のない地に国が工場を建てるというので、地元は大歓迎だったそうですが、
誰も そこが軍事工場になるとは知らなかったそうです。
毒ガスが国際法で禁止されたのは、1925年。
にもかかわらず 日本軍は、日中戦争で毒ガス兵器を製造します。
11日の午前中には、「にがい涙の大地から」の中でも証言をしてくださっている
岡田黎子さんから、工場での労働体験を伺いました。
美術の教師をされておられる岡田さんの絵をスライドで見せて頂きながら、
当時の様子の説明を受けました。
岡田さんのお話を伺う場や、島でのガイドは、
現地の市民団体である「毒ガス島歴史研究所」さんにお世話になりました。
毒ガス島歴史研究所 ホームページ
http://homepage3.nifty.com/dokugasu/
岡田さんに見せて頂いたスライドも、同サイトで見ることができます。
http://homepage3.nifty.com/dokugasu/kaihou03.htm
大久野島については、こんなサイトもあります。
「毒ガス島歴史研究所」の山内さんのホームページ
http://www7.ocn.ne.jp/~dgjrkma/
休暇村
http://www.qkamura.or.jp/ohkuno/
陸地からは大変近く、島までは高速船などで約12分で渡れます。
野生化したウサギがいると聞いていたので
果たしてどこにいるんだろう? と ワクワクしながら上陸すると・・・
なんのことはない。そこらかしこにいました。
島の南東側の桟橋から 南西側にある国民休暇村まで ウサギだらけ。
ほんとにウサギ天国みたいな島でした。
ある本によると、このウサギは、
毒ガス製造当時動物実験用に飼育されていたウサギが
野生化したもの と書かれているのですが、
ガイドさん曰く「それはないだろう」。
なんでも、終戦直後に米軍が工場の後処理をした際に、
島の陸地一面にさらし粉を3cmも敷き詰めたらしく、
そんな状態では生物は生きていけない、
だから 今いるウサギは その後誰かが持ち込んだのかも?
という説明でした。
近づくと、「なんかくれるんか」という様子で ちょこちょこと寄ってきて、
手を出してもくっついてきます。
んで なにもないのがわかると とっとと跳び去っていきます(^^;;
かわいいやつらです。
結局 実験動物の子孫かどうかは よくわからないのですが。
このウサギたちには何の罪もなく。
終戦当時の 毒ガスを作っていたと始めて聞かされた工員の方たちの様子や
その時に その毒ガスを 「隠そうとした」様子が、
毒ガス島歴史研究所ホームページの「大久野島を語り継ぐ」内
「戦後処理」のページに書かれています。
http://homepage3.nifty.com/dokugasu/youseikouza/youseiframe.html
ドキュメンタリー「にがい涙の大地から」でも取り上げられている問題として、
終戦当時 日本軍が 毒ガス兵器を 「遺棄」「廃棄」したことがあります。
毒ガス製造の事実が明らかになるのを恐れ、「隠そうとした」わけです。
ところが、島内を案内して頂いてわかったのは、
<今の政府も 隠そうとしている> ということでした。
終戦当時の 軍・政府の行動は、問題視すべきことではありますが、
「当時の政治的状況」を考慮し 百歩譲って 「仕方なかったこと」と 仮にしましょう。
仮にそうみなしたとして。
では、現政府は、果たしてどういう行動をとればよいか。
私が想像するのは、例えば以下のようなことです。
まず、実態を明らかにすること。
残された「危険物」を、一刻も早く 全て見つけ出し 処理すること。
明らかにした実態を、広く正確に知らせること。
歴史として記録・記憶すること。 また、教育により語り継ぐこと。
では果たして、現実はどうか。
遺棄・廃棄兵器は、もし見つかった場合は、処理されます。
環境省のホームページに、以下のような情報が掲示されています。
「旧軍毒ガス弾等の対策について」
http://www.env.go.jp/chemi/gas_inform/
このサイトの内容でパンフレットも作成されており、各自治体に配布されています。
一見、政府が「積極的に」取り組んでいるように思えますが、
実態は、決して「積極的に」ではなく、あくまで「もし見つかったら」だそうです。
以前、大久野島で、数十発の爆弾が発見されたそうです。
その時にかかった費用が、数千万円だったとか。
「積極的に」見つける予算は どうもなさそうですし、
そこまでお金は かけたくないようです。
・・・イラクのサマワに 1日1億円の滞在費用をかけて
自衛隊を派遣したりしてるんですけどね。
他にもこんなことが。
(ガイドさんから伺った話は、推測の範囲内のことも含まれています)
(1)大久野島の「休暇村」は、日本の国民休暇村第1号で、
60年代前半に建てられたそうです が、
これは、「毒ガス工場跡を処分」したかったが、
「ものをつぶす」という これだけでは予算が出ないから
「休暇村施設を建設する」という建前を作ってしまった?
(2)環境省の土壌調査は、数回行われているそうです が、
「休暇村に訪れる人たちの健康に害がないため」を目的とし、
「その目的に準じて」、土中5cmまでが調査対象だとか。
爆弾が数m地下に埋まってる かもしれないのに。
私 思うんですけど・・・
プールとかありますし 温泉も湧きますし 増築・改築なども考えると、
「休暇村に訪れる人たちの健康に害がないため」には、
<地下数mまで>の調査が 普通必要なのでは?
(3)終戦直後の戦後処理の後は、米軍が施設として使用するなど
(朝鮮戦争の際にも弾薬庫として使われたそうです)されており、
その後は 放置状態だったそうです。
よって 以前は 工場内の装置・器具などが 山中に転がっていたらしく、
市民団体の方たちは 国に対して、貴重な資料となるから
残っているものはそのままにしておくように 要請していたそうです が、
「ある日」、一夜にして 山中の全ての残存物が
撤去・粉砕処分されてしまったそうです。
証拠の隠滅?という疑わざるをえないような この出来事、
「ある日って、いつ頃のことなんですか?」とガイドさんに訊ねると・・・
4、5年ほど前のことだったそうです。
(4)10年ほど前までは、大久野島については 小学校で全員が必ず学習し
4年になると「平和教育」の一環として 島を訪れていたそうです。
(※竹原市が、なのか 広島県が、なのか お話を正確に覚えてません。
ごめんなさい)
ところが、ここ数年 それもなくなってしまったとか。
戦争の実態を「教えない」という方針は、今 国から出されています。
広島県は、その方針を促進する地域として、やり玉にあげられているそうです。
それが 今 国から出されている 「平和教育」です。
どなたか、「広島県教育委員会を訪問する」スタディツアーを
企画してみてはいかがでしょうかね。
皆さんがお勤めのところを眺めさせて頂いて
「えー この方たちが 戦争の事実を教えないことで
『平和教育』に取り組んでいる皆さんでーす」 ってガイドつけて。
教育委員長さんから、「戦争の事実を教えない『平和教育』の明るい展望」
みたいな講義をして頂くのもいいかも。
(5)島の南東部あたりに キャンプ場があります。(今は改装中でした)
元弾薬庫の近くです。
キャンプファイヤーとか炊事の時は
青とか紫とか きれいな火があがる?
ジミヘン気分やな。
(6)島で、砒素などの毒が土中から検出された時は、
外に持ち出して処理するのですが、
持ち出し前の仮置き場が あります。
くぼ地を作り ゴムシートを敷き 一時溜めておくのだとか。
入口にあった看板。
「工事中の為 立入御遠慮(はいらないで)下さい」
まあ こんなことも ガイドさんに案内して頂きながら教わったので
わかることで 一人で回っただけでは気づかないこともたくさん。
今、大久野島の歴史を語り継いでいるのは、市民団体の皆さんです。
言わば「加害の歴史」を残すことは 確かに重いことだと思います。
でも、知っておかないといけないことです。
日本が 過去に したことを。
軍隊を持つことが「普通の国」と思い
それを決め手に 「国民が国に守らせる」憲法まで変えようとしている 今。
「戦争を二度と起こさない」という考えは、間違っています。
「戦争」という言葉に、「自分たちが犯した過ち」という意味を込めない限り。
<理想の戦争の、最低限許される行為>なんて物言い したくないですが、
それすらはるかに超えた 「非道な」、「人類の存在を否定する」ことを、
許してはいけません。
忘れてはいけません。
二度と起こしてはいけません。
2005年12月23日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/10955439
この記事へのトラックバック
牛海英さん大久野島訪問(1)(旧日本軍の毒ガス製造工場があったところ)
Excerpt: 化学兵器CAREみらい基金でもサポートしている、チチハル遺棄化学兵器事故被害者 牛海英(ニウ・ハイイン)さんが、本日広島県竹原市の大久野島を訪問しました。牛さんは、戦中に大久野島で毒ガスの製造に携わり...
Weblog: 化学兵器CAREみらい基金ブログ
Tracked: 2006-08-15 16:40
http://blog.seesaa.jp/tb/10955439
この記事へのトラックバック
牛海英さん大久野島訪問(1)(旧日本軍の毒ガス製造工場があったところ)
Excerpt: 化学兵器CAREみらい基金でもサポートしている、チチハル遺棄化学兵器事故被害者 牛海英(ニウ・ハイイン)さんが、本日広島県竹原市の大久野島を訪問しました。牛さんは、戦中に大久野島で毒ガスの製造に携わり...
Weblog: 化学兵器CAREみらい基金ブログ
Tracked: 2006-08-15 16:40



> 今、日本という国は意図的にそれをやろうとしているようです。
> 戦争の愚を繰り返したいかのように。
そないにはっきり言われると 元も子もありませんが(^^;;
意図的なのかどうか、私自身は まだ断言できない気持ちでいます。
まあ どっちでも同じなんですけど。
意図的と受け取られても仕方ない態度が多いですものね。
私のもうひとつのブログでも今朝紹介したのですが、
内閣府から「外交に関する世論調査」なるものが発表されています。
<a href="http://dekirukana-nhk.seesaa.net/article/11017036.html" target="_blank">http://dekirukana-nhk.seesaa.net/article/11017036.html</a>
麻生外相発言も同じなんですけど、
自分ちの中で 隣んちの悪口言ってるだけ みたいな態度を
国の「外交」担当者が言ってて どうするのかな?
と思います。
とっとと棄ててきた爆弾見つけてきてくれよ、
って 思います。
追記情報ですが、
JANJANで 海南さんが 記事を書いています。
本当の勇気は過ちを見つめること―日本軍遺棄化学兵器の今―(上)
<a href="http://www.janjan.jp/world/0511/0511115010/1.php" target="_blank">http://www.janjan.jp/world/0511/0511115010/1.php</a>
本当の勇気は過ちを見つめること―日本軍遺棄化学兵器の今―(下)
<a href="http://www.janjan.jp/world/0511/0511110014/1.php" target="_blank">http://www.janjan.jp/world/0511/0511110014/1.php</a>